肺吸虫症による中毒患者の発生
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地 研 名:北九州市環境科学研究所
報 告 者:所属 保健環境課  氏名 高橋正規
発生月日:1984年
発生地域:福岡県北九州市
発生規模:推定患者数:19名、死亡者数:0
原因物質:ウェステルマン肺吸虫症
キーワード:肺吸虫(肺ジストマ)、老酒漬(酔蟹)、肺吸虫メタセルカリア、ウェステルマン肺吸虫症
背 景
 肺吸虫(肺ジストマ)は、日本ではほぼ全国的に見られるが、特に、静岡県の狩野川流域四国の愛媛、徳島、高知の各県及び九州の各県は、濃厚浸潤地として知られている。終末宿主への感染は、第二中間宿主であるモクズガニ、サワガニ、ザリガニの摂取による。日本人には、カニを生食する習慣はないが、今回、北九州市内の中華料理店において、モクズガニの老酒漬(酔蟹)を喫食したものから19名の患者をみるにいたる事例が発生した。

概 要
 昭和59年11月16日北九州市の新日鉄八幡製鉄所病院より八幡東保健所へ肺吸虫症らしい患者を治療中であるとの届け出があった。患者は、小倉北区の中華料理店で9月2日に会食し、9月中旬から11月初旬にかけて、腹痛、発熱、咳痰、胸痛等を主症状とする肺吸虫症の症状を呈していたものである。調査の結果、同料理店の従業員や、同店で食事をした他のグループにも同様の症状を呈していることが判明した。
 同料理店で会食した患者の発生状況から感染源となったカニは、昭和59年8月30日と9月13日に購入された物に限られている。患者数は表1のとおりで、8月30日購入分の喫食者は、9月1日、T鋼業3名、9月2日、Y信用金庫8名及び9月3日、S夫妻2名、9月13日購入分の喫食者は、9月27日、M病院2名及び同料理店従業員4名の計19名であった。年齢別患者数を表2に記す。患者の主な自覚症状は表3のとおりで喫食後、数日から10日目頃より腹痛を生じ、数週間後より発熱、咳痰、胸痛を訴えるものが多く、息切れ、呼吸困難、血痰等も見られた。また全く症状のないものが1名いた。

表1  患者発生グループ別患者数

患者発生グループ名 調査対象者数 患者数 喫食日

 T鋼業9.1
 Y信用金庫109.2
 S夫妻9.3
 M病院139.27
 料理店従業員42不明


表2 年令別患者数

年令 計  20〜29 30〜39 40〜49 50〜59

133442
65001


表3 患者の自覚症状

 咳  発熱  腹痛  胸痛  咳痰 

 計 139964

95554
44410


地研の対応
 原因物質の追求については、市環境衛生研究所が行った。原因と思われる蟹については、残品がなく検査できなかったが、昭和60年8月、中央卸売市場に入荷した対馬産のモクズガニ5匹を検査したところ、2匹から肺吸虫メタセルカリアを検出した。

行政の対応
 市保健局公衆衛生課及び小倉北保健所は、現場の聞き取り調査、患者の追跡調査などを行い、本件の疫学調査および検査材料の採取を行い原因の究明を行った。
 原因が判明した後、料理店に対し、今後、酔蟹、淡水産蟹の生料理を客に提供しないよう指導書を交付し、始末書を徴取した。また、料理店は、12月5日、6日の2日間自主休業し、その間に店の従業員に対し衛生教育を実施した。

原因究明、診断
1)モクズガニの老酒漬(酔蟹)の調理方法
  酔蟹は、上海料理で有名な生カニの酒漬けである。料理店での調理方法を表4に示す。

表4  モクズ蟹の老酒漬(酔蟹)の調理方法
甲らはぎ
生蟹洗浄漬込冷蔵保存切断盛付喫食
(5℃、2〜3時間)
漬込調味液(紹興酒400ml, 醤油600ml, ニンニク8個、 生姜2個、 白ねぎ2本,山椒ひとつまみ)

2)原因となったモクズガニの流通経路
料理店での蟹料理の提供期間は、昭和58年から10月下旬から12月上旬、昭和59年4月下旬から9月下旬までで、この間に19回、約500匹が調理されている。同料理店のモクズガニの仕入先は、北九州市中央卸売市場であるが、出荷元は、九州、山口、四国の各県にわたっている。入荷は5月から12月にかけてが多く、特に5月から9月は対馬産が多いとのことだが、小売店では、入荷してすぐに消費者に出荷せず、生け簀の中でしばらく飼い、大きさで仕分けしたりするため、各地の蟹が混在し、産地の特定は出来なかった。料理店の8月30日及び9月13日仕入れの流通経路を表5に示す。

表5 モクズガニの仕入れの流通経路
 
宮崎
山口
長崎
大分
四国
北九州市
中央卸売
 市 場
H商店
伝 票
の み




8月30日 (株)H(有)M
9月13日個人Tセンター
 

3)原因食品の決定
 ア
疫学調査の結果、発見のきっかけとなったY信用金庫関係のグループは、職場が別々で、9月2日以外には会食していない。当日の献立の中には、他に原因と考えられる料理はなく、3ヶ月以内に同料理店以外でのモクズガニその他の淡水魚介類の生食はない。
 イ
患者はいずれも同料理店の酔蟹を食べている。
 ウ
酔蟹を提供した料理店の従業員から患者が出ている。
 エ
文献によると、中国で同様の料理によって感染した例がある。
 オ
患者は、症状、白血球検査、胸部X線検査、比内反応、血清検査によりウェステルマン肺吸虫症と診断された。
 以上より、ウェステルマン肺吸虫の寄生したモクズガニの老酒漬(酔蟹)が原因と断定された。

地研間の連携
 特になし。

国及び国研との連携
 特になし。

事例の教訓、反省
 北九州市近郊において、淡水産カニを生または生に近い状態で食べる習慣はないが、今回の事例は、今までの食習慣を無視して、調理人が肺吸虫に汚染されたモクズガニを生に近い状態で提供し、料理長を含む従業員及び喫食した客が感染して起きた事件である。寄生虫というと、かつては日本人の病気の多くを占めていたが、最近ではこの病気も少なくなり軽視されがちである。しかし、酒宴等の席上で、精がつくといって、今回の生カニに近い料理や生きたドジョウ等を食べて寄生虫性疾患にかかる例がかなりある。
 今回の事件を良い教訓として、このような事件の再発を防止するためにも、一般市民への寄生虫予防に関する衛生教育と共に、淡水産魚介類を提供する飲食店に対しての指導の必要性を感じた。